心を整えるには、まず所作を整える- 桝野俊明”禅と掃除”から

心を整えるには、まず所作を整える
禅に”威儀即仏法 作法是宗旨”という言葉があります。威儀は、威儀を正すの威儀で、礼儀作法にかなった立ち居振る舞いのこと。つまり日常生活のすべての行い、起居動作について、作法に則った所作、身のこなしをすることがそのまま仏様の教えであり、また日々の立ち居振る舞いを整える事が、すなわち禅の修行である、という意味です。
 
禅は”行住坐臥”と言って日常生活のすべてが修行です。
”行”は歩く、”住”は止まる、”坐”は坐る、”臥”は横になるの意で、仏教ではこれを四威儀といい、この中に日常生活のすべてが含まれていると考えます。朝起きてから床に就くまで、いつどこで何をしていても、所作、立ち居振る舞いの一切が修行というわけです。このため寝るとき、起きるとき、飲食するとき、用を足すとき、ふろに入るときなど、一挙手一投足、すべての起居動作について、それぞれ約束事があり、唱える言葉と手順が決められていいます。禅の修行には、日々の所作、立ち居振る舞いをすべて整える事なのです。
 
そして所作を整える事で初めて心も整う、という禅の考え方です。
 
禅は心の修行ですが、心を整えるにはまず所作を整える必要があり、所作を軽んじるならば、心の修行などできるはずがない、そう教えているのです。
ですから、心を整え様と思ったら、常日頃から所作、立ち居振る舞いをきちんとしないといけません。そうやって身の回りを整え、自分の生活を律すことです。
すると自然と心も整い、身だしなみや言葉遣いなども丁寧になります。逆に所作が乱れてくると、心も乱れ、言葉遣いなども乱れてきます。
 
たとえば、中学や高校の頃、夏休みが明けて久しぶりに学校へ行ったら、それまでまじめでおとなしかった生徒が、髪を染めたり、制服を着崩したり、言葉遣いが乱暴になっていたりして、ひどく驚いたことはないでしょうか。悪い友達の影響などで、日ごろの行い、立ち居振る舞いが乱れてくると、たちまち心も言葉遣いも乱れてしまうのです。
 
部屋が散らかるようになったとか、ソファに寝転んでお菓子を食べるようになったとか、話し方や箸の上げ下ろしが雑になったとか、一見たいした問題ではないような所作の乱れのなかにも、心の乱れが表れていることを知るべきです。
 
正しい所作、立ち居振る舞いは、穏やかで充実した人生の土台となるものです。ですから仏教では、心豊かな人生を生きるには”三業”を整えなさいと教えます。
 
三業とは”心業””口業””意業”のことで、身(体)と口(言葉)と意(心)をよく整えて生活しなさい、という教えです。身業=身を整える事は所作を整えること、口業=口を整えるとは優しくて思いやりのある言葉遣いをすること、そして意業=心を整えるとはとらわれのない柔軟な心(柔軟心)を持つ事を意味します。
心を整えるといっても、いきなりできるものでもありません。ですからまずは所作を整え、優しく丁寧な言葉遣いを心掛ける、そうやって手順を踏むことで心も整うのです。
 
一掃除二信心で禅が何より掃除を大切にするのもまさにそのためで、心を整えるにはまず最初に所作を整える必要があるからです。掃除は面倒ですからおろそかになりやすい、自分の我がでやすいのです。であるからこそ、己の心を磨くように庭を掃き、床を磨く。
綺麗な空間に身を置けば、自然と所作も整い、言葉遣いなども整ってきます。
とらわれのない柔軟な心は掃除をすることから生まれるのです。
 
桝野俊明”禅と掃除”から
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