心の庭

心の庭

みなさんはこんな言葉を耳にしたことがありませんか?
「自分の心とむきあいなさい。」特に迷っていたり、悩んでいたりするときは、一層そのことが大切だといわれます。しかし、言われた方は戸惑ってしまう。
「心と向き合って、いったいどうやって」そう、”言うのは易く、おこなうのは難し”なのが、心と向き合うということなのです。その理由は誰もがわかっています。心は見えないからです。見えないものと向き合うのですから、これは難儀な話です。
しかし、ヒントはあります。わたしは禅僧ですが、同時に「禅の庭」のデザインも手がけさせていただいています。わたしがデザインする庭には何があらわれているか?そのときどきの自分の心がそのまま映し出されているのです。
ですから、かりにまったく同じ敷地にまったく同じ素材を使ってつくったとしても、けっして同じ庭にはなりません。心はつねに移り変わっているからです。さあ、ヒントが見えてきませんか?
「心の庭」。そのときの自分の心のままに庭を思い描く。心に庭をつくってみるのです。「禅の庭」と同じように、この「心の庭」には、そのときどきの心が風景として映しだされているはずです。それと向き合うことができますね。
「心の庭」と向き合うと、ありのままの心がわかります。心が喜びにあふれているときは、庭はまばゆいほどの陽光が煌めくものになるかもしれませんし、寂しい心でいるときは、どこか陰影のある寂しげな風景がそこにあらわれることになるかもしれません。
いずれにしても、庭にはありのままの心が映し出されます。それを知ることが大事なのです。人にはあるのままの心がなかなか見えません。敢て見ようとしないところがあるといってもいいでしょう。
ほんとうは寂しいのに「寂しくなんかないんだ」とごまかしてみたり、つらいのに「こんなものなんでもない」と強がってみたり。しかし、そんなふうに、”力み”かえっているうちは、心を切り替えることができないのです。
寂しさを寂しいままに受けとめる。つらさをそのまま引き受ける。そうしてはじめて、心は前向きに切り替わって、寂しさやつらさを乗り越えていけるのだ、と私は思います。
禅ではマイナスをプラスに転じることが大切だと教えています。プラスに転じるのに欠かせない作業が、まず。マイナスをありのままに受けとるということなにです。
いかがですか?「心の庭」でありのままの心と出会える場所は、本来の自分に戻れる場所、自分がもっとも落ち着いていられる場所です。たとえそれが寂しさを抱えたものであっても、ごまかしがないから安らかなのです。ごまかせば心は騒ぎます。乱れます。
落ち着いて寂しさを見つめたら、そこからの抜け道が必ず見つかる。つらさ、悩みや迷いだって同じです。なにかが心に引っかかっていると感じたときこそ、「心の庭」と向き合ってください。
移り変わてゆく、”心の庭”は、心の成長の足どりを示すものといってもいいでしょう。前より豊かになった、静けさが増した、深みが出てきた。そんな庭の風景の変化は心の変化そのものです。心が豊かに、静かに、深く、なっているのです。「心の庭」と向き合って心の成長をたしかめる。それも、楽しい作業ではないかと思います。
禅の本分は実践です。まず、「心の庭」をつくってみてください。それがどんな庭であっても、庭づくりはまだはじまったばかり。そこから少しずつ美しくしていけばいいのです。
それはそのまま心の美しくしていくこと、そして、人生を美しく紡いていくことに繋がっています。
桝野俊明

 

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